十二辰(じゅうにしん)
■十二辰(じゅうにしん)
先回、十二支の話しをしましたが、
十二支は結構、いろんなところで活用されています。
十二辰(じゅうにしん)も、そのひとつで、
天球を天の赤道帯にそって東から西に十二等分したものです。
各辰の名称には十二支が当てられています。
子(し)、丑(ちゅう)、寅(いん)、卯(ぼう)
辰(しん)、巳(し)、午(ご)、未(び)
申(しん)、酉(ゆう)、戌(じゅつ)、亥(がい)
太陽、月、惑星の位置や運行を
説明するための座標系として使用されています。
その東から西へという配置は日周運動の方向であり、
地上の方位である十二支の方向性と一致します。
面白いことに、十二辰とは逆に、
天球を天の赤道帯にそって
西から東に十二等分したものがあります。
十二次(じゅうにじ)です。
この十二次には、特に重要な用途が二つあって、
第一は木星の十二次における位置で年を記すことであり、
第二には、季節ごとの太陽の位置を十二次で示し、
二十四節気の移動を説明するのに用います。
もともと木星は天球上を
西から東に約12年で1周する惑星です。
そのため木星は、
天球を赤道沿いに12等分した十二次を
約1年に1次進むことになり、
木星の十二次の位置で年を記述することが可能でした。
ところが、十二次は西から東に天球を分割したもので、
地上の方位(十二支)と方向と合致した十二辰とは逆方向です。
このため、天球上の円軌道に直径を引き、
その直径を基準に木星と線対称の位置にあり、
東から西へ移動する仮想の星を設定しました。
これが太歳(たいさい)です。
こうして「太歳在子(太歳が子にある年)」というように、
太歳の十二辰上の位置で年を記述する
太歳紀年法が用いられるようになりました。
これが後に太歳とは関係なく、
機械的に60年1周で年を記述する
干支紀年法へと発展することになります。




